8月号

あぁ、バングラデシュ2

 

 

 

  バングラデシュを毎年訪ねるようになって9年になりますと書きましたが、流石に9年の年月は、この地の生活や様々な様式も変化させてきました。

 

9年前には携帯電話を持っている人はそれほど多くなかったと思いましたが、現在ではほとんどの人がその手に携帯を握っています。市場に行けばいたるところで携帯で話しながら歩いている人を見かけます。

 

この国の交通事情もよく書かせていただきましたが、その中で登場するリキシャが様変わりしているのは印象深いです。9年前のリキシャは、親方からリキシャを借りうけた筋肉質の男が、シャツを汗びっしょりにしながら、必死でペダルをこいでいる姿が普通でした。座席に座っている優雅な姿の奥様は、たいていリキシャ男の2倍はあろうかという体格です。この国の貧富の差を象徴するような絵図らでした。

 

しかし今日では、電動自転車がこの分野にも進出し、男たちはハンドルを握るだけで、ペダルをこぐことはあまりありません。おそらく日々の稼ぎも向上したことだろうと想像していますが、やっぱり親方から貸してもらって商売をするという構図は変わらないようで、親方は益々富を蓄積している様子です。

 

車で移動中以前は止まれば必ずというほど、やせ細ったお母さんや、子ども達、障害を負った姿の人等が、小銭を求めてよってきたものです。イスラム世界の持てるものが持たざるものに施す「喜捨」という習慣、精神が生きている姿です。しかし近年その姿が少なくなってきたように思います。膨張都市のダッカには、仕事そのものが増えてきたのかもしれません。工場はどんどん郊外に進出しています。

電力事情も改善され、以前はしょっちゅうだった停電が、ほとんど気がつかない状況になっています。一日1ドルに満たない生活を送っていた人々の暮らしが向上してきたのならうれしいです。実態はどうか、最底辺の人々がすくわれてきているのか分からないところです。社会の矛盾やひずみは弱い人々を痛めつけます。公正で公平な社会の建設がどの国でも望まれるところです。今後も変化していくバングラデシュに注目していきたいです。

 

9月号

リオオリンピックに思う

 

 

 

  4年に一度のスポーツの祭典、オリンピックが今年ブラジルのリオデジャネイロで8月5日開会式が執り行われ、熱戦の火ぶたが切られました。地球上でいえば、ブラジルは日本のまぁ反対に位置するので、時差が12時間もあります。つまり早朝6時は、リオでは午後6時。そろそろ、様々な競技のハイライトの時間を迎える頃になります。あるいは、夜中の2・3時に決勝がある競技もありました。夢中で応援されていた人は、かなり睡眠不足の日々が続いたのではないかと心配します。もう私は全ての競技をリアルタイムで応援する体力、気力がありませんので、朝方のものはリアルタイムでしたが、他の競技は、総集編を楽しみにテレビを見ていました。

 

 それにしても、過去最高の41個ものメダルを獲得した選手のすごさに本当に興奮しました。いろんなシーンが思い出されますが、中でもわたしの印象深いものは、陸上男子400mリレーです。予選からドキドキのしっぱなしでしたが、決勝は本当に力が入りました。4人の走者がそれぞれの持ち味、力を出し切り、誰もが想像していなかったであろう、アメリカを抜いての堂々の2位になったのです。9秒台の選手をそろえている、ボルト率いるジャマイカに続く2位は本当に素晴らしいものです。世界中が驚いたことでしょう。そして独特のバトンリレーは、改めて日本人の創意と工夫が結果をもたらしたことを、評価してくださることだと思っています。スポーツの素晴らしさを存分に楽しめた19日間でした。

 東京オリンピック開催に対して様々な意見がありますが、もともとのオリンピック開催の目的、スポーツの基本的な目的効用、すなわち心身の健全な育成を目指すところ、そして何よりスポーツを通じ相互理解の深まりと友好をはぐくみ、世界平和の実現に寄与することに開催の意義があると思います。様々な思惑で利用されそうになるオリンピックですが、平和を実現する手段として開催出来たらいいなぁと思います。